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久しぶりの投稿です。

ここ最近、全然書いてなかったので、ブログのやり方忘れてました。

フェイスブックの方に移行したらブログ書かなくなってました。


さて。

何を書こうか?


そうそう。


いま、浪江JCのメンバーとして、ハッピーロードネットのメンバーとして動いていることを紹介します。



来月に東京大学の児玉教授と放射線知識や除染知識から学ぶ双葉地域の再生について講演会を開催する準備をしています。

双葉地域住民の方の素朴な疑問や悩みを話せるように前半は講演、後半は質疑中心にして進めようとしてます。


それと、続いて櫻井よしこさんをお呼びしての講演会も計画中。

こちらは地域復興について双葉住民の勇気が湧くような講演会になれればと企画中。


二つの講演会は、大きな会場を借りてやるのではなく、双葉地区住民が避難している仮設住宅に直接出向いてやりたいなと思います。


どちらも12月に開催する予定ですので、詳細が決まり次第、お知らせします。


震災後早くも8カ月。

自分たちでできることは自分たちでやっていこうかと。

歩みを止めればゴールには絶対つかないけど、どんなに辛くとも歩んでいれば必ずゴールにつくからね。

ゴール目指して進んで行きますよ!




ここ1カ月で3キロリバウンドしてしまった。

ハワイでの生活で1.5キロ増、日本に帰ってきて1.5キロ増。

ハワイでの高カロリー生活に加え、日本に帰ってきてからの美味しい日本食の大量食いでのリバウンド。

でも、日本での食事の方がカロリー摂取が少ないはずなのに、短期間で増えた。

なんでだろう?


もうそろそろまたダイエット生活に入ります。

まずはリバウンド分また地道に減らします。

とりあえず、今年掲げた目標は達成させたい。

なのであまり夜は誘わないでくださいね!(笑)




さてさて、後半の報告を。

ホストファミリーの知り合いのコンドミニアムにて、プール&BBQ。
アロハイニシアティブ/2011.07 249 
次男は水泳が苦手だったのですが、このプールで現地の方に楽しく指導してもらい、開眼しました!
このプロジェクトの最後の方では浮き輪もなしで泳げるようになりました。

ドルフィンクルーズ。
アロハイニシアティブ/2011.07 276 
20~30匹くらいのイルカがいて大興奮。

ホストファミリーの家の近くのカナハビーチ。
アロハイニシアティブ/2011.07 283 
子供たちは喜んでました。

HAKU BALDWIN HORSE CENTER にて。
アロハイニシアティブ/2011.07 310 
ここでは馬のほかに色々な動物がいました。
ここで飼っているかわいい小動物(ウサギなど)は、入院されている方のところに連れて行き、癒しを与えて治療の役に立てているそうです。

地元のプロ野球の試合を見に。
アロハイニシアティブ/2011.07 326 
この日は日本初の女子プロ野球選手、吉田えりさんがマウイイカイカという地元のプロ野球チームに入団した日でした。

こちらは全米で最も美しいビーチに選ばれたことのあるカパルアビーチ。
アロハイニシアティブ/2011.07 335 
確かに海の中はサンゴ礁がいっぱい、熱帯魚がいっぱいで美しく感動しました!

SUGAR CANE TRAIN
アロハイニシアティブ/2011.07 344 
マウイにある唯一の列車。ラハイナとカアンナパリを走る観光用の機関車です。

ケパニワイパークにて。
アロハイニシアティブ/2011.07 362 
こちらではハワイ文化を学びました。

また子供たちと俺は、髪がのびたのでマウイでヘアーカットも体験。
アロハイニシアティブ/2011.07 372 
なんと日本からの被災者だということで無料でやってもらいました。感謝!

そして最後は日本とマウイをこのプロジェクトを通じてさらに強く結ぼうと、記念植樹をしました。
アロハイニシアティブ/2011.07 385 
マウイの市長さんはじめ多くの方が出席。

アロハイニシアティブ/2011.07 401 
関係者全員で土を埋め、最後に水やり。
写真は息子です。このセレモニーは地元紙マウイニュースに取り上げられこの場面も掲載されました。
息子が地元紙に。
記事 → マウイニュース

アロハイニシアティブ/2011.07 404 

アロハイニシアティブ/2011.07 405 

今回、中高校生たちの世話役、付き添いをしたNPO法人ハッピーロードの西本理事長と朝田さんとともに記念撮影。
アロハイニシアティブ/2011.07 411 

記念植樹終了後、ホストの家に戻り、最後にお世話になったホストファミリーに感謝をこめて、ボブ&キャシーの車を家族みんなで綺麗にしました。
アロハイニシアティブ/2011.07 419 

滞在中に部屋で飲んだ地ビール。
アロハイニシアティブ/2011.07 431 

ホストファミリーの家には2匹のかわいい犬がいました。
アロハイニシアティブ/2011.07 436  
こちらはマッカーナ。

アロハイニシアティブ/2011.07 435 
そしてこちらはTJ。
2匹ともすごくなついていて可愛かった。

最後に大変お世話になったホストの家の前で。
アロハイニシアティブ/2011.07 442  
僕らを受け入れてくれたボブとキャシーのご夫妻。

毎日面倒を見てもらい、大変お世話になりました。
二人ともやさしくて、いつも気にかけてくれ、子供たちもすっかりなついてました。
別れの時は次男は大泣きしてたしね。

たった3週間の共同生活でしたが、家族構成だったり、記念日だったり、ダイエットのことだったり、共通点が多くて、素晴らしいホストのところでホームステイできたのも、本当に良かった。
マウイのお父さん、お母さんってくらい仲良くなりました。
唯一残念なのは、もっと言葉が通じれば、もっと思いや感謝を伝えられたのにね。

今回、アロハイニシアティブでマウイにきて本当に色々な方に面倒を見ていただき大変感謝です。

一緒に来た中高生たちも、最初のころとは表情が見違えるほど変わりました。
最初のころはやはりそれぞれが色々な困難を抱えているせいか、非常に暗かったのですが、最後はそれぞれが活き活きとした表情に変わっておりました。
この子供たちもきっとこれから頑張って、地域復興に向け頑張ってくれると思います。

そしてそれぞれが大人になって、未来に光が見えた時、彼らはきっとまたマウイに訪れると思います。
今回力を与えてくれた人々に会いに。
そして植樹した松の木を見てきっと当時の色々なことを忘れないことでしょう。

アロハイニシアティブ/2011.07 448 
帰りに上空からマウイを見て、俺もまた必ずこのマウイに来ることを心に誓いました。


Aloha Initiative に関わったすべての方に心から。

Mahalo Plenty !








 


一か月以上も更新できませんでした。

実は、アロハイニシアティブというプロジェクトに参加し、ハワイのマウイ島にホームステイしてました。

これは、ハワイの方たちが、今回の東日本大震災による義捐金をあつめ、その集まった義捐金を日本に送るのではなく、そのお金を使って被災者をハワイに招待して、心の傷をハワイで癒されてほしいというプロジェクト。

アロハイニシアティブについて→ http://alohainitiative.com/

僕らは第2弾のほうに参加し、おもに相双エリアの高校生たちの付き添い(保護)も含めて参加させていただきました。


まずはカフルイ空港にて。
アロハイニシアティブ/2011.07 003 

マウイの市役所でオリエンテーション。
アラカワ市長と主催者の一人であるカフルイ本願寺住職の曽我さん。
アロハイニシアティブ/2011.07 013 

そしてこのプロジェクトの発起人のキース副市長。
アロハイニシアティブ/2011.07 017 

毎日色々なプログラムが組まれており、非常にハワイの自然や文化を学べる素晴らしい機会でした。

ハイキングをして急流を渡ったり
アロハイニシアティブ/2011.07 044 

カメハメハハイスクールの生徒たちと、タロイモを収穫し調理したり。
アロハイニシアティブ/2011.07 071 

ヤシの実からココナッツをそぎ取ったり。
アロハイニシアティブ/2011.07 078 

ビーチもいっぱいあって、それぞれのビーチが色々な顔を持ってましたね。
アロハイニシアティブ/2011.07 120 


ホストファミリーの家の隣が教会で、日曜日には初めて礼拝に行ってきました。
アロハイニシアティブ/2011.07 123 


こんな大きな木がいっぱいありました。
アロハイニシアティブ/2011.07 177 
この木はいっぱいの木が茂ってるように見えますが、実は一本の木なんですよ。


ラハイナの港。
新鮮な魚をさばいてました。(うまそ~)
アロハイニシアティブ/2011.07 179 


教会に招かれ、手作りの料理をごちそうになり、フラの演奏を聴いたり踊ったりしているところ。
アロハイニシアティブ/2011.07 190 

こちらはイアオバレー。
マウイのパワースポットらしい。
この辺は標高が高く、肌寒いです。
アロハイニシアティブ/2011.07 209 

かなり省略してますが、前半は以上。
つづきは後半で報告します。













原発避難をしてちょうど4ヶ月経った7月12日、東京日比谷にて双葉地域住民による総決起大会、デモ、要望活動を開催しました。

私は総決起大会の中で双葉地域に住む青年として意見表明をする機会をいただきました。

意見に表明の内容は以下のとおりです。



意見表明

 

いったい何やってんだー?いいかげんにしろ!と言う思いは皆さんと一緒です。ただ、今まで国を信じ、そう思いながら待っていても、もう我々地元住民が本気になって実際に行動を起こさなければ事態は何も変わらないと思い、今日ここに立ってます。

 

ただいまご紹介いただきました浪江町の戸川と申します。

私は現在39才、妻と二人のかわいい息子がおります。震災前までは浪江町でごく平凡に、幸せに暮らしておりました。

仕事は建設業に従事し、地元浪江町を中心に、これまで回りの方々に支えられながらなんとか生計を立ててまいりました。

また、我々の地域は西を望めば緑豊かなあぶくま山系に囲まれ、東を望めば広大な太平洋という自然豊かな我が地域のなかで、ここ数年は青年会議所活動を通して、まちづくりや人づくりをやってきて、そんな地域での気の置けない仲間たちと未来について夢を語り合いながら地元の酒と魚で一杯やるのがホントに大好きで幸せでした。

 

しかしながら今現在、愛する故郷は原発事故により警戒区域に設定され、容易に家に帰ることも出来ず、仲間もばらばらになり、仕事もなんとか歩み始めても今までとは程遠く、家族も放射能問題や仕事の関係で私は福島市、家族は会津若松市と別々に住まなければならなくなってしまいました。

 

それでも頑張ろうと出来るのは、将来故郷に帰る希望を捨ててないからです。

しかしながら、国の対応、対策は一向に進んでおらず、逆に我々は国から見捨てられているように感じることも多々あります。

 

避難してから今日で4ヶ月たつわけですが、事態はどれだけ良く変わったでしょうか?

はっきり言って、何も変わってなく見通しが出来ていないのが現状なのではないでしょうか?

これ以上先が見えない状況が続けば、地域住民の希望は絶望に変わり、あのすばらしい地域の復興や再生は完全に途絶えてしまいます。

 

私は先ほど話したように現在39才。地域を少しながら背負い始め、そしてこれからもまだまだ支えていかなければならない世代です。しかし、そういった地域を支えなければならない年代、子供たちを育てる世代の住民がどんどん離れ始めております。30代40代のこの世代とその子供たちなくしては双葉郡の未来はありえません。

 

どうか、国は一刻も早く事態の収束に全力を挙げて取り組んでください。

どうか一国のリーダーは、間違った方向に舵取りをしないで下さい。その間違った決断や判断、政治的混乱が事態の収束の長期化に繋がっているのなら、原発人災に続く第2の大きな人災だと我々原発被災者は思います。

今現在、全国の原発立地地域の皆様、国がどんな対応をするのか良く見ていただきたい。

もしも国が福島原発事故に対し電気事業者とともにきっちりと対応できないようであれば、原発は即刻廃止すべきだと思います。逆に言えば国は今回の事故でしっかりと対応できなければ、全国の原発立地地域の住民からの信頼を裏切ることになると思います。だからこそ、しっかりと対応してもらいたいと思います。

 

最後になりますがインディアンにこういう言い伝えがあります。

「我々の住んでいる土地は、未来の子供たちから預かっているものだ」

だからこそ私たちはご先祖様が未来の子供たちのためにずっと守り続けてきた愛する故郷を今回の震災で奪われてはならないと思っております。

どうか地域の方々、もっともっと声を掛け合って、ひとつになって愛する故郷を守り続けていきましょう!

本日を契機に双葉地域住民が愛する故郷を守るために行動を起こし、必ずや地元に帰れるように一致団結して行動することを心から祈念し私の意見表明とさせていただきます。

皆様どうぞよろしくお願いします。

平成23年7月12日 浪江町 戸川 聡



具体的な提案じゃなく、地域に住む一青年としての思いを述べさせていただきました。

総決起大会終了後、デモ、そして各党に要望書を提出。

ただ、与党は時間を作ってもらえず、直接要望書を提出できず話も聞いてもらえませんでした。

時間をつくってもらえない理由が、大臣と会うための事前の手続きがうまくないということと、国会でNHK中継があり準備等で忙しいから会えないとのこと。

双葉地域住民が、ここまで我慢をし待っていても変わらない状況を打破しようとして、動いた総決起大会と要望活動。
政府は住民の声を直接聞こうとしないんですね。

でも、一緒の日に要望活動をしていた各町長の話は聞いてるからだって。

もちろん、町長の要望も大事だと思いますが、地域住民の生の声はもっと大事なんじゃないの?

このままでは本当にあの地域の復興は出来なくなると、強い危機感を肌身で感じてきました。


特に感じたのが、中央と地方、特に国会での中での議論(机上の空論)と被災地での状況や被災住民の置かれている立場での中での考えとは非常に大きな温度差があること。


首相をはじめ、国会議員の方全員に是非福島はじめ、東北で1ヶ月生活してもらいたいですね。

そうすれば大きく変わると思います。



そんなことを感じた総決起大会でした。

JC福島ブロック坂田会長、関東ブロック青山会長、そして応援に来てくれた方々、お世話になりありがとうございました。


それと、明日からしばらく日本を離れます。
今回感じた嫌なことを忘れてきます。

 



さとSUN

Author:さとSUN
さとSUN日記2へようこそ!

1972年1月27日生まれ。
福島県双葉郡浪江町在住です。

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